恩返し

私の両親は70を二つ三つ過ぎています。
身体のあちこちに病気を抱えて暮らしていますが、年齢なりの物忘れはあれどまだ認知症などの兆候はありません。
しかしながらいつ「それ」が現実のものとなるかは誰にもわかりません。

年と共に誰もが 子どもに返ってゆくと
人は言うけれど 多分それは嘘だ
思い通りに飛べない 心と動かぬ手足
抱きしめて燃え残る 夢たち・・・

            さだまさし 療養所(サナトリウム) 
              1979年 アルバム「夢供養」 収録より引用  
 


さださんはこのように詞中で語っています。
この言葉とは裏腹に、さださんは・・・というよりこの詞の主人公は、老いて子どもに返ってゆくお年寄りの姿を現実には認めてはいるのでしょう。
人は言うけれど」という伝聞の形に対し、「多分」という曖昧さを加え、「それは嘘だ」という断言。
本当は如実に判っていることなのだけれど、それを断固否定したいんだという表現に他ならない・・・と筆者は感じています。
心の問題としては確かにそうでしょう。
ワタシだってそうあって欲しい。

しかしながら老いてゆくことの現実は遥かに厳しかったりもします。
介護する側される側。
ワタシが実際に自分の両親がそうなった時、少しずつ近づいているであろうその時に向けて、一番大切なのものは何か?を考えたいと思っています。
ぶれることのない何かを持ちたいと思っています。

もし両親が子どもに返って行くのなら、かつて子どもだったワタシが接してもらったように恩返しをする時なんだろうなぁなどと思っていた矢先・・・。











手紙~親愛なる子どもたちへ 

日本語詞:角智織  補作詞、曲:樋口了一

年老いた私が ある日
今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを 理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても
靴紐を結び忘れても
あなたに色んな事を教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を
何度も何度も繰り返しても
その結末をどうか遮らずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ
絵本の暖かな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去って行く様に
見える私の心へと 励ましの眼差しを向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず
下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを嫌がる時には 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり
様々な理由をつけて 嫌がるあなたとお風呂に入った
懐かしい日の事を

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の
準備をしている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ
出来なくなるかもしれない
足も衰えて立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと
私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり
自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのは辛い事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけで それだけで 
私には勇気が湧いてくるのです

あなたの人生の始まりに
私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ 付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が
受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私の子どもたちへ
愛する子どもたちへ


つい先日ラジオから流れてきた歌。
何だろうこの歌は?
歌というものを越えて伝え来る何か。


大切なものは何か。
きっとそれは誰もがわかっているんです。

でも現実の介護の場ではついついイライラしたり、腹を立てたりしてしまうものなのかもしれない。
色んな時間の制約だとか、何でこんな簡単なことが・・・とかね。
だけどそう云うことが出来ないから必要なのが「介護」なんですよね。

今一度、「愛情」とか「優しさ」だとか、言葉としてはゴロゴロしているのに実際中々お眼に掛かれなくなりつつあるものに眼を向けてみようと思います。
この歌を聴いて人として感じるモノ、その素直な心を持ち続けられるように努力したいと思います。
何も介護云々だけではなくて、日常生活の場でも。

今回それを改めてはっきりと教えられた気がします。

長々と書き連ねてまいりましたが、自らへの戒めと、お母様の認知症の初期に戸惑いながらも頑張っているある方への応援の気持ちを籠めて・・・。
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by kazz1125 | 2009-05-22 11:40 |


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