多摩の言葉

「がんばらんば」ブームも今や韓流ブームを乗り越え、ワールドカップと共にヨーロッパにまで波及せんばかりの勢い(本当かいっ?)。
今や「長崎がんばらんばクラブ」まで創設され、温かな方言を持つ各地に支部の設立の動きまであります(思いっきりウソです)。

それはさて置き、方言の持つ温かさやその独特の間は、他の言葉では表現しにくい事もあるかもしれません。

そこで子どもの頃から慣れ親しんでいる自分達の言葉についてふと考えてみました。





僕は4歳からず~っと東京(とは言え東村山)。
よって自分の言葉は日本標準だと思っておりました。

ある時期家を離れ、全国の仲間と寮で暮らしていた事があります。
その時初めて気がつきました。僕の言葉は標準語じゃなかった・・・。
そーです。
志村けんさんの話し方(あれはかなり誇張されてますけど)と基本的に変わりなく、どうやら多摩系の訛りがあったらしいのです。
仲間たちも北は北海道から南は九州、沖縄まで全国津々浦々から来ていたので、言葉はバトルロイヤル状態。
左のベッドの奴が福島訛りで、右隣が熊本弁みたいな所で生活していましたので、ちゃんぽんなどというものではなく、しまいには言葉がまぜこぜになってひどい事になりました。
東北訛りの博多弁風、そしてとどめは関西弁」みたいな・・・(それって何語よ?エスペラント?)
ですから、そんな言語環境にいたのであちらこちらの言葉にそれぞれ親しみがあります。


閑話休題

僕の育った東村山は、今はトトロの森などと呼ばれている「狭山丘陵」で埼玉、所沢市と境を分ける小都市です。
今でこそ郊外型住宅地としての街が整ってきましたが、僕の子どもの頃は畑ばかりの埃っぽいような、そんな町でした。

そこで昔から暮らす土地の人の言葉・・・幼かった頃の僕にはわからなかったなぁ。
でもどこかほのぼのしたものは伝わってきた・・・そんな覚えがあります。

先日コメント欄に記したものの焼き直しですが・・・じいちゃんとばあちゃんの会話から。

ある朝、ゲートボールやってたじいちゃんとばあちゃんが何かで揉めててこんな会話をしていました。
「おらがゆった通りにやんねーからだめなんだべよ」
「おめの言ったとおりに打ったべよ」
「へだらこいてんでねぇ・・・」

道に迷ったおっさん二人の会話

「あんだか、道ぃ迷っちまったみてーだで」
「あにやってんだかよ、しょうがねぇおら、ちっとんべぇそこいらで聞いてくらぁ」

いかがでしょう?意味わかりますよね?
だって・・・標準語ですもの、これ!

こんな言葉をたまに聞くと、子どもの頃の「埃っぽい風の匂い」を思い出します。
咳き込んで咳き込んで、母に手を引かれ歩いた医者までの道の遠かった事。

その土地の言葉は、時を留められる唯一のものなのかもしれません・・・。
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by kazz1125 | 2006-05-28 12:52 | 言の葉


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