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変わり行く街の片隅に

東京郊外、中央線沿線に国立と言う小さな町があります。
国分寺と立川の間と言う事で「国立」。
何とも安直なネーミングではあります。
町と言っても1965年に市制を布かれた立派な市なのですが、駅舎の雰囲気とかが持つ空気が、僕にはと言った方が相応しく感じられる所です。
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町の中心に一橋大学がど~んと位置し、それを取り囲むように桐朋学園、国立高校(都立でもかなり優秀です)、第5商業が配置される文教都市です。
忌野清志郎さんもかつてお住まいで、多摩蘭坂という歌まで書いていたりします。
また映画やドラマの撮影も頻繁に行われます。
北の国から92で、裕木奈江さん演ずる「タマコ」が純クンとの間に出来ちゃった子どもを中絶する産婦人科のシーンも国立の大学通り沿いで撮影されました。

閑話休題

もう20年程経つんでしょうか。
大学卒業後、僕が就職したのは自動車会社でした。
そして数ヶ月の研修後配属されたのが、立川支店。
そこで僕の営業テリトリーとなったのが国立でした。
当時その自動車会社は非効率的ないわゆる飛び込み営業をまだ実践しており、僕も路地裏を一軒一軒それこそ靴底を減らすようにして炎天下の国立の街を歩き回ったものです。
そんな事したって、自動車なんか一台だって売れるもんじゃないんですがね・・・。

いやいや、そんな自分史を語るつもりじゃないんです。

その国立に「文蔵」と言うモツ焼き屋さんがありました。
高倉健さん主演の映画にもなった山口瞳さんの小説「居酒屋兆治」の舞台となった小さな居酒屋さんです。

昨日、こんなニュースがひっそりと記されていました。




妻の看病に専念、「居酒屋兆治」惜しまれ閉店

 作家、山口瞳さんの小説「居酒屋兆治」のモデルとなった東京都国立市のモツ焼き店「文蔵」がこの夏、ひっそりと店を閉じた。

 脱サラした店主が妻と2人で切り盛りし、勤め帰りのサラリーマンや地元商店主らに31年間にわたり、親しまれてきたが、妻が病に倒れ、看病のためやむなく決意したという。

 店主の八木方敏(まさとし)さん(69)がサラリーマン生活を辞め、妻のかおるさん(64)と店を開いたのは1975年。

 10人が座ればいっぱいになるカウンターがあるだけのこぢんまりとした店で、方敏さんは、1日に2万円を売り上げると、後は勘定を付けず、客と一緒に飲み始めた。客も端数の釣りは、受け取らず、方敏さんが帰った客を追いかけて返すこともあった。
(読売新聞) - 9月7日15時4分更新


金儲けだけで考えたら、これじゃぁ商売とはいえないのかもしれませんね。
「儲かってるか」と聞かれたら、絶対儲かりっこないもの。
だけどね、店主が頂く、そしてお客さんが支払う「お代以上の大切なもの」がこのお店にはあったんだろうなぁ、きっと。

残念ながら僕はこのお店にお邪魔した事はありません。
だけど、そんなお店の空気は吸い込んで見たかったな・・・。
少なくとも僕が額に汗してこの街を歩き回っていた頃にはもう、このお店はあったんですものね。

国立の顔とも言える、東京で2番目に古い木造駅舎(一番は原宿)も連続立地交差事業と言う交通利便性のために間もなく取り壊しが決定しております。

変わり行く街。
人の歴史は常に破壊の歴史でもあります。
古いものを破壊する事によって新たなものが生まれ来る。
延々とそれを繰り返し、そして今があります。

古いもの、歴史のあるものだけが大切だなどというつもりは毛頭ありません。
でもね、何となく一抹の寂しさを覚えるのばかりは、致し方ありません。
ぽつりぽつりと灯っていた明かりが消えてゆくような、そんな感覚。
ただただ、残念な事です。
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by kazz1125 | 2006-09-08 08:38 | 雑感


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