商店街の行方

11/18土曜日、日産武蔵村山工場の跡地に建設されていた、ダイアモンドシティミューがオープンしました。周辺の道路は大渋滞。
逆に近辺の商店街は再び大きな影響を受けるんでしょう・・・。

近所の商店街から活気が無くなって、どれくらい経つんでしょう。
いつの間にか一軒、また一軒と店が閉まってゆき、時には建物が取り壊されて小さなマンションに化けたり、更地になって月極駐車場になったりしています。





子どもの頃、母に頼まれてお肉屋さんとか、お茶屋さんによく買い物に行きました。
『豚小間200グラム』『100グラム¥200のお茶300グラム』とか書いてある紙(広告の裏です)を握り締めて歩いて7,8分のお店まで行ったものです。(牛肉を買った覚えがないな、そう言えば・・・)
お店の人もよくしたもので、子どもが買い物に来ると目敏く見つけ、すぐに声をかけてくれた様に思います。
また買い物に来ていた見ず知らずのおばちゃんたちも気軽に声をかけてくれたように思います。

そこには活きた会話がありました。
知らず知らずの内に学べる大切な「何か」がありました。

今、日本中の街から個人の小売店が加速度的に減っています。
シャッターを下ろしたままの店舗だらけの「シャッター通り」などと言う言葉すらある時代。
八百屋さんや魚屋さんのしゃがれた声のオヤジ達は何処へ行っちゃったんでしょう?
三河屋さんもビールの注文を取りに来なくなってしまいました・・・。酒屋さんてこの時期は灯油の配達もしてくれたっけなぁ。
雑貨屋、金物屋、靴屋、薬屋、本屋・・・ありとあらゆるお店が大型店舗に飲み込まれてゆきます。
大型の店舗とそれに伴う大型駐車場の建設。
それにより大量の集客が可能となり、さらにさらに肥大化してゆく大型店舗。
そこには確かに一箇所で全ての用が足りると言う便利さと、専門店もたくさんあり嗜好に併せて買い物が出来る喜びと、大量仕入れによる価格の安さが同居しており、消費者の足を向けさせる確たる要因があります。

今や個人商店の危機・・・と言うよりももう終焉なのでしょうか?
何が足りないんでしょう?
ところが、個人商店の一形態である旅先の朝市であるとか、縁日の夜店であるとかは相変わらずの盛況ぶり。
ここら辺りに何かヒントが隠れているような気もします。

僕としては個人商店も頑張れる世の中であって欲しい。
商店街が元気な街は人も生き生きしています。

長女が小学校1年生の時、福島県・会津に旅しました。
喜多方の町を散策していた時の事、荒物屋さんの軒先に「熊よけ鈴アリマス」との張り紙。
長女は「これなんだろう?ちょっと聞いてくる」とお店に飛び込んで、荒物屋のおじさんに聞いていました。
おじさんは多分買わないとわかってる娘にも丁寧に説明していました・・・。


個人商店にはやっぱり大切にしたいもの・・・があります。
確かにあります。
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by kazz1125 | 2006-11-22 18:23 | 雑感


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