元始女性は太陽であった

1911年、文芸誌「青鞜」創刊の際、平塚雷鳥さんが記された「元始女性は太陽であったー発刊に際して」と言う有名な一文があります。
その詳細については不勉強でして実の所は読んでいないのですが、女性開放のために踏み出した大いなる一歩を表した言葉だった・・・はずです。

1/27の島根県松江での講演会のこと。
柳沢厚生労働大臣の「女性は子どもを産む機械、装置」だと言う発言が一斉に大ブーイングを浴びております。
少子化に鑑みた出産へのコメント。
それもその担当省庁のトップの言葉であるだけに、余計にその見識が疑れてしまう始末。
発言後すぐに『分かりやすく説明するため』という弁解をしていたようですが、真意はどうあれこれは女性達にとって不愉快な発言でしょう。
そんな表現を無考えに使ってしまうことがおかしい。
女性蔑視の極みと言われても仕方がありませんね。
本人は女性蔑視ではないと仰ってますが、まさかあの立場の人が「僕は男尊女卑論者です」なんて言うわけ無いですからね。
どうなんでしょう。
普段からこんな考えのお方なのかどうかは存じませんが、柳沢さんの品性人格に疑問を持ってしまった方は相当数いらっしゃるでしょうね。

体力的なものですとか、適性といったもの。
全ての面に於いての男女が等しいとは思いません。
男には男の適性、女性には女性の適性があって然るべきでしょう。
しかしながらその他の「人として」の部分では男女は同権であるべきであるのは言うまでもないでしょう。
時代錯誤の男尊女卑の意識を持ったままの大臣がいるようでは、社会が良くなろうはずがありません。


柳沢厚労大臣の言葉と対極にある平塚雷鳥さんの言葉。
今、改めて噛締めてみる、丁度良い折なのかもしれませんね。
男女同権が叫ばれ始めてから、どれほどの月日が費やされている事か。
今回の一件。
その長きにわたっている時間にも拘らず、現状がこんな程度でしかないと言うことの証しに他なりません。

何だか同性として恥ずかしいような気さえしています・・・。

追:ただし僕が言いたいのはあくまでも平等ですからね。平等ね。
  女性がどんどん居丈高になり高圧化してくるのは我が家だけでたくさん!
  
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by kazz1125 | 2007-01-29 12:02 | 時事


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