カテゴリ:心( 164 )

タイムスリップ

白い雪と黒い土の
斑になった園庭には
藤色のスモックを着た
寒さ知らずの元気一杯の園児たち

いつしか
子犬のようにはしゃぎ回る声が遠のいて行き
きっと少しだけタイムスリップでもしたのだろう

同じスモック姿で遊ぶ
二人の娘たちが
私には確かに見えたのだから
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by kazz1125 | 2010-03-10 17:13 |

あの日
生まれたばかりの
君たちの小さな小さな手は
誰に教えられたわけでもないのに
しっかりと
僕の指を握り締めた
絶対に離さないという
確かな意思が
そこにあるが如くの力で


その掌に
確かに握り締めていたはずの
未来が少しづつ
零れ落ちて逝こうとしている

ワタシには
もう何もしてやれる術もないのだろうか
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by kazz1125 | 2009-10-21 20:53 |

引導

愚図愚図言ってねーで
それだったら辞めちまえ!

決めるのは
自分自身なんだよ
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by kazz1125 | 2009-09-19 00:31 |

躓いたのは

自分が
足元を良く見ていなかったか
自分の
足がちゃんと上がってなかったのか
精々そのどっちかだよね?

要は誰のせいでもない
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by kazz1125 | 2009-09-10 10:15 |

バイプレイヤー

舞台は
主役だけでは
絶対に成り立たない

圧倒的多数の
脇役がいてこその主役なんだよ
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by kazz1125 | 2009-09-08 23:46 |

瓦解

望みとか 願いとか
そういったものも確かにあったはずなのに
そんな心とは裏腹に
いつの間にか辿り着いていた現実

そこにあるのは
快楽の絶頂にもれる官能的な喘ぎ声と
苦悶の果ての息も絶え絶えな喘ぎとの
見境すら付かなくなってしまっている自分自身の姿

全てが
ガラガラと崩れ去ってゆく様を
ただただ見ている術しか
彼女にはないのだろうか・・・

                        
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by kazz1125 | 2009-08-08 10:00 |

尊敬

尊敬
口にするのは簡単な言葉ではありますが・・・。
実際心から尊敬することって、中々無い様に思います。

先だって当ブログで「退部届」という記事を書きました。
現在は顧問の先生と次女の話し合いの元で、とりあえず休部という扱いになっております。

その顧問の先生・・・。
まぁ、次女を辞めさせまいと、本当に心を尽くして一所懸命になって下さる。
初めてお目に掛かった時から、その人柄の良さは一目瞭然だったのですが、まさかこれほどまで熱い方だったとは、ゆめゆめ思っても見ませんでした。

ワタシより五つ六つ年下なのですが、身近な方でこれほど尊敬の念を持ったのは初めての気がします。
そういう意味では、ワタシにとっては次女のドロップアウトも大いに意味ありなのですが、それとこれとは話が違う。

次女には、自分を必要として下さる方がいる、親身になって考えてくださる方がいる事の有難みを知って欲しいな。
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by kazz1125 | 2009-07-14 00:50 |

糸の千切れた小さな凧は
風に吹かれて行くが儘

戻る術など持たないが
いずれ何処かに辿り着く
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by kazz1125 | 2009-07-08 11:12 |

「迷」という文字。
行きつ止まりつしながら進むこと、あるいは急いで行くことを表す辵部(ちゃくぶ)つまりは「しんにょう」に「米」で出来ています。

「米」を探し求めてさ迷い歩くと言う様な意味合いなのでしょうか・・・?。

人は生きている間に何回くらい迷うものなんだろうなぁ。
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by kazz1125 | 2009-06-21 23:35 |

恩返し

私の両親は70を二つ三つ過ぎています。
身体のあちこちに病気を抱えて暮らしていますが、年齢なりの物忘れはあれどまだ認知症などの兆候はありません。
しかしながらいつ「それ」が現実のものとなるかは誰にもわかりません。

年と共に誰もが 子どもに返ってゆくと
人は言うけれど 多分それは嘘だ
思い通りに飛べない 心と動かぬ手足
抱きしめて燃え残る 夢たち・・・

            さだまさし 療養所(サナトリウム) 
              1979年 アルバム「夢供養」 収録より引用  
 


さださんはこのように詞中で語っています。
この言葉とは裏腹に、さださんは・・・というよりこの詞の主人公は、老いて子どもに返ってゆくお年寄りの姿を現実には認めてはいるのでしょう。
人は言うけれど」という伝聞の形に対し、「多分」という曖昧さを加え、「それは嘘だ」という断言。
本当は如実に判っていることなのだけれど、それを断固否定したいんだという表現に他ならない・・・と筆者は感じています。
心の問題としては確かにそうでしょう。
ワタシだってそうあって欲しい。

しかしながら老いてゆくことの現実は遥かに厳しかったりもします。
介護する側される側。
ワタシが実際に自分の両親がそうなった時、少しずつ近づいているであろうその時に向けて、一番大切なのものは何か?を考えたいと思っています。
ぶれることのない何かを持ちたいと思っています。

もし両親が子どもに返って行くのなら、かつて子どもだったワタシが接してもらったように恩返しをする時なんだろうなぁなどと思っていた矢先・・・。

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by kazz1125 | 2009-05-22 11:40 |